神戸家庭裁判所 昭和46年(家)250号 審判 1971年4月12日
申立人 加住明(仮名)
相手方 加住昌子(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
一 本件申立の要旨は、申立人と相手方とは昭和四四年一月二〇日以来別居しているが、夫婦間の不和の原因は双方の性格の相違のみであつて、他に特別の理由はない。よつて、相手方は申立人と同居するよう本件申立に及んだ、というのである。
二 よつて按ずるに、事実調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(一) 申立人は高校を卒業して後文学を志して昼は同人雑誌の編さん等に携わり、夜はバーでバーテンとして働くようになつたが、他方相手方は中学校卒業後○○会社に勤めたりした後、高校(夜間)で学ぶようになり、かたわら、学費を得るため、スタンドバーでアルバイトをしたりしていた。たまたま同じ店で働いたことから、申立人と相手方とは相知るようになり、昭和四一年七月から同棲を始め、同年八月二九日に婚姻の届出をした。
結婚後、申立人は○○に機械設計トレーサーとしての職を得、サラリーマンに転じて現在に至つているが、相手方は高校卒業後職業指導所に入り、○○、○○の技術を身につけた後○○会社に機械設計トレーサーとして勤めるようになり、現在は注文を受けて個人的にトレーサーとして仕事をするに至つている。
ところで、相手方は結婚後生活が一応安定するようになつた頃から、申立人との性格、生き方の違いといつたものを意識するようになり、申立人との結婚に疑問を持ち始めたが、相手方が職業に意欲を感ずるようになるにつれて、夫婦の間には意思の疎通を欠き、不和は深刻なものになつていつた。そうして、昭和四四年一月末頃喧嘩の末、申立人は家を飛び出し、相手方も翌日家を出て親のもとに身を寄せ、二人は別居するに至つた。別居後申立人は人を介して相手方に戻るよう再三申入れたが、相手方はこれに応じることなく、かえつて昭和四四年九月一六日申立人との離婚を求めて調停の申立てをした。
(二) 相手方申立にかかる夫婦関係調整調停事件(当庁昭和四四年家イ第八八四号事件)は、家庭裁判所調査官による事前調査の後調停が進められたが、あくまで離婚を求める相手方と、離婚の意思なく同居を求める申立人との間で調停は平行線を辿り、事件は再び調査に付され、昭和四五年一月二六日から昭和四六年三月一九日までの間家庭裁判所調査官によるカウンセリングが試みられ、この間双方に対する心理検査もなされた。
これらを通じて申立人と相手方の性格等を検討すると、相手方は活動的、積極的であり、感受性も豊かであつて、なかなかの多才ぶりを示し、融通性は平均以上に有するが、一途さがあることが窺われる。そうして、愛情や心の絆がないことに対する不満、淋しさが認められ、愛情がなければ別れるべきだと考えるが、愛情は相手が与えてくれるものとは解さないので、申立人が冷たいと批難したり、申立人が愛してくれないと嘆くわけではない。従つて、それだけに相手方自身に愛情が湧いてこない限り、申立人との関係においても事態は発展しにくいともいえる。他方、申立人は繊細な感受性を有し、感情そのものは豊かであるが、それを社会的に認められるような形で表現するような統制が働いていることが窺われ、内的なものより外的刺激によつて反応しやすい。情意的には他人への依存心がかなり強く、申立人のそうした性格はある程度の固執性があつて、単なる心がけによつて一変するとは判断し難い。そうして、申立人は他人の感情を理解する感受性は有するものの、自分自身の中にある問題点を直視しにくい傾向があるため、申立人と相手方がどうしてしつくりゆかなくなつたかについての理解は困難のようである。
申立人と相手方との性格、認識が以上のようなものであつて、調査、調停、審判を通じて双方が感情的に激しく抗争することはないものの、双方の間に調和点は得られず、事態は進展しないため、相手方は別居の現状維持もやむをえないとして、昭和四六年三月二二日前記調停を取下げた。
三 叙上認定の事実によれば、申立人と相手方とは婚姻中の夫婦であるから、抽象的には互いに同居の義務があるが(民法七五二条)、夫婦間の同居義務は、円満な婚姻共同生活を営むことが目的であるから、夫婦の一方が具体的に同居を求めるには、前記目的が達成されうる状況にあることが前提となると解されるところ、申立人と相手方とは、前叙のとおり性格の相違が顕著であり、生活の処し方にも調和点が見出し難いところから、相手方の心は申立人から全く離れ、一人の女性、一職業人としての生活を歩み出して、これを更に前進する意思に動揺がないのであつて、これを前叙の申立人の性格等と併せ考えると、申立人と相手方とが現実に夫婦としての円満な共同生活を営むことは容易に期待し難いといわざるをえないところ、かかる場合に相手方に対し申立人との同居を命ずることは相当でないと解される。
よつて、本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 岸本洋子)